科学ニュース速報

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2018年08月

1: \(^o^)/ 2018/08/31(金) 14:39:45.98 ID:CAP_USER
2018年6月18日に発生した大阪府北部地震では震度6弱の揺れが観測されましたが、本震以降に観測された震度1以上の余震はなんと56回で、最大余震は最大震度4のものでした。このように大きな地震が発生した後に何度も起きる余震を、AIを用いて予測するという研究がGoogleによって行われています。
https://i.gzn.jp/img/2018/08/31/forecasting-earthquake-aftershock-ai/00_m.jpg

Deep learning of aftershock patterns following large earthquakes | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-018-0438-y

Forecasting earthquake aftershock locations with AI-assisted science
https://www.blog.google/technology/ai/forecasting-earthquake-aftershock-locations-ai-assisted-science/
https://i.gzn.jp/img/2018/08/31/forecasting-earthquake-aftershock-ai/01.png

地震は最初に「本震」が起き、その後「余震」が複数回にわたって続きます。
通常、余震は本震よりも震度が小さなものとなりますが、タイミングによっては復興に向けた活動を著しく阻害することがあります。しかし、余震が発生するタイミングとその規模を正確に予測するのは困難です。

そこで、ハーバード大学の卒業生であるPhoebe DeVries氏は、Googleで働く機械学習の専門家たちとチームを組み、余震の発生場所をディープラーニングを用いて予測することに挑戦しています。まだ研究は途中の段階にあるそうですが、DeVries氏はこれまでの研究結果を科学誌のNatureで公表しています。

DeVries氏ら研究チームは世界中でこれまでに発生した主要な地震118件に関するデータを集めるところからスタート。データはまとめてAI学習用のデータセットとしています。収集したデータは視覚化されており、例えば1992年にアメリカ・カリフォルニア州で発生したランダース地震(マグニチュード7.3)の場合は以下のように表されます。青・赤・黄などの色が並んだ平面が本震、その周辺に浮かぶ半透明の赤いキューブが余震を示しているそうです。
https://storage.googleapis.com/gweb-uniblog-publish-prod/original_images/aftershocks_3d.gif

研究では本震によって引き起こされる静的応力変化と余震の位置関係を解析するためにニューラルネットワークが活用されています。そして、解析の中でアルゴリズムが有用なパターンを識別することに成功したそうです。この「有用なパターン」を基に、研究では余震の場所を正確に予測するためのモデルが作成されました。研究チームによると「このシステムは依然として不正確」とのことですが、余震予測において大きな一歩となるものであり、「機械学習ベースの予測システムは余震の危険に晒される地域に避難通知を行うのに役立つ」と記しています。

以下の画像は、研究チームが開発した余震予測システムが「ランダース地震の本震データ」からその後発生する余震について予測したデータを出力したもの。濃い赤色部分はシステムが「余震が発生する」と予測した地域で、黒い点は実際に余震が発生した場所を示しています。なお、画像中央の黄色い線は本震発生時にできた断層を示しています。
https://i.gzn.jp/img/2018/08/31/forecasting-earthquake-aftershock-ai/s01_m.png

研究では意図しない結果も出ており、開発したシステムが地震発生時に重要な「物理量」を特定するのに役立つことが明らかになっています。データセットにニューラルネットワークを適用すると、予測結果が出力されるのではなく、予測に重要となる特定要因の組み合わせが見極められるようになるとのことで、「これは自然現象をよりよく理解するための潜在的な物理理論を見つけ出すための新しい可能性を開くものです」と研究チームは記しています。

GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20180831-forecasting-earthquake-aftershock-ai/

引用元:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1535693985/

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1: \(^o^)/ 2018/08/30(木) 18:41:20.24 ID:CAP_USER
今回の記事では、「英語」という言語が生まれた歴史に着目。ヨーロッパにおける「征服」と「勢力拡大」の歴史の中でくり広げられた英語の発生と変遷を、図版と共にわかりやすく説明しよう。

■ゲルマン民族大移動の余波

そもそも「English(英語)」という言葉の語源は何なのでしょうか?

英語が誕生する前にブリテン島(イギリスの島)にいたのは、古代ブリトン人(ancient Britons)でした。彼らはインド・ヨーロッパ語族に属し、今のウェールズ語やコーンウォール語、アイルランド語が、彼らの話していたケルト語の子孫です。

その後、ブリテン島に攻め寄せてきたのがローマ人(Romans)です。彼らローマ人たちは、ブリトン人(Britons)の名から、この地を「ブリタニア(Britannia)」と呼びました。ユリウス・カエサルは西暦前55年と54年の2度、ブリタニアに上陸しましたが、抵抗にあって征服できませんでした。

そして西暦43年、皇帝クラウディウスが軍隊を派遣してブリタニアを属州に。
その拠点が、ロンドニウム(現在のロンドン)でした。当時の遺跡としては、ハドリアヌス皇帝が、北方ケルト人に対する防衛のために築いたハドリアヌスの長城が有名。やがて409年に、ローマ本国の衰退のため、属州のブリタニアからローマ人は撤退しました。ローマ人の話したラテン語の影響は、地名などに今なお残っています。

4~5世紀には、北アジアの遊牧民族のフン族に追われてゲルマン民族が大移動しました。その一部であるアングロ・サクソン族(アングル人とサクソン人の総称)がブリテン島に移住したときから「English」が始まりました。この「English」という言葉自体が「Angles(アングル人)」に由来し、彼らが元々住んでいた場所は「アンゲルン半島」と呼ばれています。

彼らが話した西ゲルマン語に属する言葉は、現在における英語のベースとなっており、アングロ・サクソン時代の英語を「古英語」といいます。

9世紀頃、次にブリテン島に攻め寄せてきたのが、ヴァイキングのデーン人です。
一時期は、イギリスの約1/3の領土を占領しました。このデーン人はブリテン島を侵略していきましたが、アングロ・サクソン族のアルフレッド大王が、デーン人による完全制覇を阻止しました。

次にイギリスに攻めてきたのが、フランスのノルマン人ギョーム2世でした。ノルマン人は、バイキングがフランスのノルマンディー地方に住み着き、生活や言語がフランス化した人々でした。

ギョーム2世は1066年にイギリスを占領し(ノルマン・コンクエスト)、ウィリアム1世(征服王)と名乗ります。これがノルマン朝の始まりです。さらに、イギリスの宮廷の公用語や上流階級の日常語がフランス語(厳密にはノルマン・フランス語)となりました。

一方、英語は庶民の言葉として引き続き使われました。このノルマン・コンクエスト以降の英語のことを、中世の英語という意味で「中英語」といいます。そして、やがて大母音推移が進行し、1476年にイギリスで印刷が始まる頃から「初期近代英語」の時代となります。

このように、イギリスは次々と大陸からの侵略者に攻め込まれてきたために、さまざまな言語の単語が英語に入り込んできました。とはいえ、ローマ人やアングロ・サクソン人、バイキングのデーン人、そしてノルマン人たちは、みなインド・ヨーロッパ語族に属する言語を話しました。

特に、アングロ・サクソン語の古英語とバイキングの古ノルド語は、ゲルマン語同士で近い言語でしたが、一番違ったのは動詞や名詞の語尾変化。語尾さえ「適当に」発音すれば案外会話が通じたことも想像できます。英語の動詞の活用や名詞の格変化が、これほど簡略化したのはこうした理由のためでした。

ノルマン・コンクエスト以降、古フランス語がたくさん英語に入り込み、ゲルマン語とは違う意味で用いられました。たとえば、英語で「豚」は「pig(ピッグ)」ですが、「豚肉」は「pork(ポーク)」。「牛」は「cow(カウ)」で、「牛肉」は「beef(ビーフ)」、「羊」は「sheep(シープ)」で、羊肉は「mutton(マトン)」です。

ハドリアヌスの長城
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■ノルマン人の勝利を決めたヘイスティングズの戦いの場「バトル修道院」
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https://ddnavi.com/review/482840/a/

引用元:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1535622080/

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1: \(^o^)/ 2018/08/30(木) 03:37:40.95 ID:CAP_USER
今でこそ、地球上に存在しているヒト科の動物は我々しかいない(はず…ビッグフットなどの未確認生物を除けば)のだが、およそ20万年前まではいくつかのヒト属が競合していた。そして、生存競争に勝ったホモ・サピエンスは繁栄し、負けたホモ・エレクトスは絶滅に追いやられた。

この差はどこからきたのだろうか。学術誌PLOS Oneに発表された最新の研究によれば、それはホモ・エレクトスの怠けグセだったかもしれないそうだ。

およそ2000万年前に地球上に現れ、5万年~10万年前に姿を消したホモ・エレクトス。ほかのヒト属と比べて努力を惜しみ、しかも保守的で変化に適応できなかったと見るのはオーストラリア国立大学のケリー・シプトン博士だ。

シプトン氏を含む考古学研究チームは、サウジアラビアの遺跡から出土した何千個にも及ぶ石器を分析して、この結論に至ったという。

当時のサウジアラビア半島は豊かな水をたたえる川が何本も走り、大地を潤していた。ホモ・エレクトスはそのような川が作り出した肥沃な土地に住み、水にも、石器の道具となる石にも恵まれた環境に身を置いていた。あとは、立派な石器道具を作って狩りに成功すれば問題なし…のはずだった。

ところが、彼らは簡単に石を手に入れることができたため、石のクオリティーを追求しなかった。そこらに転がっている石なら何でもいいとでも言わんばかりに、石器造りに適していない石も拾ってきて加工していたそうだ。

結果、あまりクオリティーの高くない石器道具に頼って狩りをしていたらしい。

遺跡から遠くない場所には丘陵があり、そこに登りさえすれば頂上付近でハイクオリティーな石をたくさん採取できたはずだった。しかし、ホモ・エレクトスはなぜかそれをしなかった。

対照的に、ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)やホモ・サピエンスは、クオリティーの高い石を求めて遠くまで旅をし、面倒でも遠くから持ち帰っていたそうだ。

このこだわりの差が狩りの技量に影響し、ホモ・エレクトスの生存を不利にした。

最終的にホモ・エレクトスを絶滅に追いやったのはサウジアラビア半島の乾燥化だったそうだ。川が干上がり、何千年にも渡って気候が変動していく間にも、ホモ・エレクトスは生き方を変えようとしなかった。変化に対応しきれなかった彼らは、やがて数を増やしていったホモ・サピエンスとの生存競争に負け、死に絶えたと考えられるそうだ。

まるでイソップ童話のような、なんとも身につまされる話なのである。

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関連リンク

Laziness May Have Driven Homo Erectus to Extinction (Live Science)
Acheulean technology and landscape use at Dawadmi, central Arabia (PLOS One)

https://www.discoverychannel.jp/0000032133/

引用元:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1535567860/

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