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カテゴリ: 歴史・考古学

1: \(^o^)/ 2017/12/11(月) 12:35:06.89 ID:CAP_USER
イスラエル、エルサレム旧市街にある聖墳墓教会は、イエス・キリストの墓とされる場所に立つ教会だ。
歴史的記録によると西暦326年、ローマ人が発見した墓を取り囲むように、教会が建てられたという。

しかし、この教会はこれまで何度も攻撃され、火災や地震の被害を受けてきた。
西暦1009年には完全に破壊され、その後再建された。
そのため、ここが本当に1700年前にローマ皇帝の代理人がキリストの墓と特定した場所なのかどうか、現代の学者たちは疑問視していた。

今回、教会の中にある埋葬用の洞窟(横穴)から採取された残留物が科学分析にかけられ、その結果がナショナル ジオグラフィックにもたらされた。
それによって、墓はやはり古代ローマ時代にはすでにあったことが確認された。

分析にかけられたのは、本来の墓とされている岩とそれを覆っていた大理石の板の間から採取された漆喰で、西暦345年のものと測定された。

これまで、墓の内外から発見された建築的証拠は、最古のものでも11~12世紀の十字軍時代のものと測定され、墓が1000年以上古いことを示す証拠は何もなかった。

新約聖書には、ナザレのイエスとして知られるユダヤ人が、エルサレムで西暦30年か33年に十字架刑に処せられたと書かれている。
この墓がその人物を葬った場所であるかどうかを証明するのは考古学的に不可能だが、今回の年代測定の結果によって、墓の構造物はローマ皇帝初のキリスト教徒であったコンスタンティヌスの時代のものであることがわかった。

2016年10月、墓を取り囲むようにして建設されたエディクラと呼ばれる聖堂の大々的な修復工事を行うため、墓は数世紀ぶりに開かれた。
作業に当たったのは、アテネ国立技術大学の学際チームである。
この時、エディクラの内部で数カ所から漆喰が採取され、年代測定を行うため研究所に運ばれた。
その結果は、エディクラ修復プロジェクトを率いたチーフ科学監督のアントニア・モロポーロー氏よりナショナル ジオグラフィックへ提供された。

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関連ソース画像
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日経スタイル
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO24079580Q7A131C1000000

引用元:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1512963306/

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1: \(^o^)/ 2017/12/04(月) 04:40:26.17 ID:CAP_USER
「隠れ」ならぬ「隠しキリシタン」の里があったとしたら。江戸時代に弾圧から「隠れた」のではなく藩ぐるみで「隠した」――。
謎めいたキリシタン遺物が多い大分県竹田市は、観光客を呼び込もうとそんな見立てをアピールしている。

江戸時代のキリシタンは、1612年の禁教令後も、隠れて信仰をつらぬいた長崎・平戸や熊本・天草が有名だ。

大分も実はキリシタンと縁深い。
豊後(大分)の大名だった大友宗麟は、宣教師フランシスコ・ザビエルと親交もあったキリシタン大名だった。
大分でキリシタン文化をしのばせる遺物が目立つのが、竹田市だ。

その一つが、市中心部近くの「キリシタン洞窟礼拝堂」(県指定史跡)。五角形の入り口の奥に祭壇のような彫り込みがある。
この場所は、地元岡藩の重臣、古田重治の屋敷のすぐ裏手となる。

日本のキリスト教史を欧州の学者がまとめた「日本切支丹(キリシタン)宗門史」は、禁教令後の1617年についての記述で、神父フランシスコ・ブルドリノが豊後の洞窟に隠れていたと示唆。「殿の1人は、神父の居所を知りながら目を閉じていた」と記す。

「藩の重臣が洞窟に宣教師をかくまっていたということ」。
そう読み解くのは、市報で「ミステリアス! 竹田キリシタン」という、役所らしからぬ題名のコラムを4年間連載した市商工観光課の後藤篤美さん(56)だ。
「隠れ」ではなく「隠し」たというのだ。

謎はもう一つ。明治初期に市内に残っていた城を取り壊す際、高さ80・5センチの鐘が見つかったという。
表面に「HOSPITAL SANTIAGO 1612」(サンチャゴ病院)とあった。
「サンチャゴの鐘」と呼ばれ、国指定重要文化財になった。

江戸時代、長崎にあった病院の鐘と言われるが、なぜ大分にあるのかは不明だ。病院は1620年に取り壊されたとされる。
後藤さんは、その後に何らかの理由で鐘が大分にたどり着いたとみる。
そして「城内にあったのは、藩主がキリスト教を黙認していたから」と推測する。

また、1961年には、キリスト教の十二使徒の一人ヤコブとみられる像が城跡近くの草むらで見つかった。
竹田市では、とにかくキリシタン遺物と権力者の近さが目立つのだ。

そんな背景をひっくるめて、後藤さんは「藩をあげてキリシタンをかくまったと十分考えられる」と力を込める。
岡藩の初代藩主の中川秀成についても、「キリシタンに寛容だった」と付け加える。

専門家はどう見ているのだろう。服部英雄・九州大学名誉教授(歴史学)は「史料がなく積極的に『隠し』と言えない」。
ただ、「サンチャゴの鐘が見つかったことを考えると、江戸初期に藩がキリシタンを黙認していた可能性はある」と話す。

「隠し」説について、市は「謎に満ちた竹田のキリシタンを楽しむ考え方の一つ。夢とロマンを感じてほしい」との立場だ。
2012年からは、キリシタンを文化的観光資源にすることを検討。
市観光ツーリズム協会主催のツアーなどで後藤さんがガイドを務め、「隠し」説や地元のキリシタン遺物を紹介している。

今年10月には、地元のNPO法人とともに「竹田キリシタン研究所・資料館」を開設。
サンチャゴの鐘(レプリカ)など40点が並ぶ。
関東や海外からも来訪者があり、所長を務める後藤さんも「予想以上」と驚く人気ぶりだ。

「隠し」説はまだ推論の域を出ず、はっきりしない部分も多い。それでも、人を引きつける魅力があるのは確かなようだ。

朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASKCF4K1SKCFTPJB00G.html

引用元:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1512330026/

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1: \(^o^)/ 2017/12/02(土) 22:33:46.23 ID:CAP_USER
火山の「超巨大噴火」、従来説より高い頻度で発生か 研究
2017年11月30日 10:16 発信地:パリ/フランス

【11月30日 AFP】文明を消滅させるほど大規模な火山の「超巨大噴火」が最後に起きたのは今から約2万5000年前とされているが、この種の噴火は平均で1万7000年ごとに発生するとの最新の推算結果が29日、発表された。
 
地球惑星科学の専門誌「Earth and Planetary Science Letters」に掲載された研究論文によると、超巨大噴火は5万年~70万年ごとに発生するとこれまで考えられていたという。
 
論文主執筆者のジョナサン・ルジェ(Jonathan Rougier)氏はAFPの取材に、超巨大噴火の発生頻度に関する最新の推算で定められた推定値の範囲は5000年~4万8000年で、最良推定値として平均1万7000年に1回という結果が得られたと語った。「噴出物が1兆トン以上の超巨大噴火は、これまで考えられていたよりはるかに頻繁に発生することが、今回の研究で分かった」
 
これほどの規模の爆発的な火山噴火は、地球の気温を劇的に低下させ、大半の植物の成長が困難になると考えられる程度にまで空を暗くする可能性がある。
 
直近の超巨大噴火は2万5000年前、ニュージーランドのタウポ(Taupo)で発生した。この数千年前には、日本の姶良(あいら、鹿児島県)で大噴火が発生していた。
 
この2つの噴火は、それぞれ1兆トン以上の噴出物を大気中にまき散らした。
その影響は、直径2キロの小惑星が地球に衝突したのにほぼ匹敵する。
--- 引用ここまで 全文は引用元参照 ---

▽引用元:AFPBBNews 2017年11月30日 10:16 発信地:パリ/フランス
http://www.afpbb.com/articles/-/3153545
米ワイオミング州イエローストーン国立公園のアッパー・ガイザー・ベイスンにある温泉池モーニング・グローリー・プール(2016年5月14日撮影)。(c)AFP/Mark Ralston
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引用元:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1512221626/

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