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カテゴリ: 歴史・考古学

1: 名無しさん 2021/04/16(金) 11:02:41.48 ID:CAP_USER
「地球上にはこれまで25億頭のティラノサウルスが生息していた」という推測

ティラノサウルスは、約6800万年前から約6600万年前までの中生代白亜紀末期に、北アメリカ大陸を中心に生息していた大型肉食恐竜です。
このティラノサウルスの約240万年間における総生息が25億頭以上になるという研究結果を、カリフォルニア大学古生物学博物館の研究チームが報告しています。

(中略)

恐竜の化石は数が限られており、種の個体数を推定するのに十分なほど発見されていません。
そこで、研究チームは「体のサイズが大きい種ほど個体群密度が低くなる」という「ダムスの法則」に基づき、ティラノサウルスの生息数を予測しました。

研究チームによれば、ティラノサウルスの平均体重は約5200kgだったとのこと。
この値をダムスの法則に適用し、ティラノサウルスの個体群密度は「40平方マイル(約103.6平方km)につき1頭」と算出されました。
この個体群密度は、東京23区の広さにおよそ6頭のティラノサウルスが生息していることを意味しています。

(以下略、続きはソースでご確認下さい)

Gigazine  2021年04月16日 10時40分
https://gigazine.net/news/20210416-tyrannosaurus-rex-2-5-billion/

引用元:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1618538561/

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1: 名無しさん 2021/04/14(水) 18:24:28.08 ID:Xhrg6PPZ9
考古学者のグループが先ごろ、エジプトで過去に見つかった中で最大規模の古代都市を発見した。

「アテンの上昇」と名付けられたこの都市は、ルクソールを流れるナイル川西岸の砂の下から見つかった。発見を主導した考古学者のザヒ・ハワス氏が声明で明らかにした。

都市の年代は古代エジプトの王、アメンホテプ3世の治世にさかのぼる。声明によると同王は、紀元前1391年から同1353年にかけてエジプトを支配した。

「行政や産業にかかわる居住地としてはエジプト王国の時代で最大規模だ」(ハワス氏)

考古学者らの発見した「街路を挟んで立つ家々」は、最大3メートルの高さの壁が損傷せずに残る。「各部屋は日常の生活用品であふれ、古代人が昨日までそこに暮らしていたかのような雰囲気が漂う」。例えば指輪のような装飾品や彩色された陶製の容器、護符を作るための鋳型、肉を運ぶための容器、糸をつむいだり布を織ったりする道具、金属やガラスを作るための道具がそこにあった。

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「アテンの上昇」と名付けられたこの都市は、これまでエジプトで見つかった古代都市の中でも最大の部類に入る/From Dr. Zahi Hawass/Facebook


大掛かりな製パン所も見つかった。完備した窯と保存用の容器の大きさから、「非常に大勢の作業者と人員」の食事を賄うのに使われていたとみられる。

このほかに1体の人骨も出てきた。両手を体側に沿って伸ばした姿勢で、両ひざには縄が巻かれていた。

「この人骨の置かれた場所と姿勢はかなり風変りで、さらなる調査が進んでいる」と、声明は記す。人骨については「見事な埋葬」と形容している。

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埋葬された人骨も見つかった/From Dr. Zahi Hawass/Facebook

「この失われた都市の発見は、ツタンカーメン王の墓の発見以来、史上2番目に重要な考古学的発見だ」と、米ジョンズ・ホプキンス大学でエジプト学を研究するベッツィー・ブライアン教授は声明で語った。

グループは紀元前1337年に書かれたとみられる文字入りのつぼも発見。これによりこの都市がアメンホテプ3世の息子、アクエンアテンの治世に機能していたことも裏付けられた。

歴史家らはこのつぼが作られた1年後、同都市が放棄され、王国の首都は約400キロ北のアマルナに移ったと考えている。ただ声明によると、遷都の理由は明らかになっていない。

「失われた都市の発見は、希少な古代エジプト人の生活を、それも王国が最も繁栄していた当時の生活を垣間見せてくれるだけでなく、歴史上最大のなぞに光を当てる助けにもなるだろう。つまり、なぜアクエンアテン王とネフェルティティ王妃はアマルナに移る決断をしたのかというなぞだ」(ブライアン教授)

現地の発掘作業は昨年9月に始まっており、ここまで都市の南の部分の大半を発掘した。しかし北の部分はまだ手つかずとなっている。

「王家の谷」に類似した大規模な墓所の存在も明らかになったが、本格的な調査はこれからだ。

「地域のさらなる発掘だけが、3500年前に実際に何があったのかを明らかにするだろう」と、声明は述べている。

2021.04.14 Wed posted at 17:06 JST
https://www.cnn.co.jp/style/architecture/35169288.html

引用元:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1618392268/

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1: 名無しさん 2021/04/11(日) 02:18:00.13 ID:BTDMyBgq9
太古の洞窟に描かれた装飾画を目の当たりにするのは息をのむ体験と言えるが、新たな研究によると、当時の芸術家たちは酸欠状態に陥りながら作品を仕上げていた可能性があるという。

イスラエルのテルアビブ大学がおよそ4万~1万4000年前の後期旧石器時代に描かれた洞窟壁画を分析したところ、それらの多くは洞窟の奥深くの開けた空間や狭い通路に位置しており、明かりを持ち込まなければたどり着くことができない。

今回の研究で焦点を当てたのは欧州の洞窟壁画で、大半はスペインとフランスのもの。なぜこれらの壁画が洞窟の奥深くに描かれているのかを解明するのが目的だ。

研究論文には「後期旧石器時代の人々は、深い洞窟の内部を日常的、家族的な活動には使わなかったようだ。そうした活動はもっぱら野外や、浅い洞窟の岩窟住居、洞窟の入り口部分で行われていた」とある。

そのうえで「壁画は洞窟の深く暗い部分だけで描かれていたわけではないが、そうした場所でみられる図像は洞窟壁画の極めて印象的なイメージとなっており、したがって本研究の中心を占める」と記述する。

論文の共著者で先史考古学者のラン・バルカイ教授はCNNの取材に答え、洞窟を照らすために火を使えば酸素レベルが低下し、低酸素症の症状を引き起こしただろうと指摘する。低酸素症になると神経伝達物質の一種のドーパミンが放出され、幻覚を見たり幽体離脱を体験したりする可能性があるという。

そうした状態で壁画を描くのは自覚的な選択によるものであり、描き手が宇宙と心を交わす助けになったと、バルカイ氏は付け加える。

「(壁画は)世界の事物とつながるためのものだった」「我々は洞窟美術という呼称は使わない。美術館にあるものとは違う」(バルカイ氏)

壁画の描き手は、岩の表面を自分たちの世界と下界をつなぐ膜だと考えていた。下界はあらゆるものが豊かに存在する場所と信じられていた。そうバルカイ氏は説明する。

壁画にはマンモスや野牛、野ヤギといった動物が描かれた。専門家は長年、そこにどのような意図があるのかを議論してきた。

研究者らは、洞窟が後期旧石器時代の信仰体系において重要な役割を果たしていたと指摘。壁画はそうした関係性の一部だったとの見方を示す。

「壁画で飾ることで洞窟が重要なものになったのではない。実態はその逆で、彼らが選んだその洞窟が重要だからこそ、装飾が施されたのだ」と、論文は分析する。

バルカイ氏はまた、洞窟壁画がある種の通過儀礼の一部に使用されていた可能性に言及した。その場に子どもがいた証拠が見つかっているという。

今後の一段の研究で、なぜ洞窟のこれほど深い場所まで子どもが連れて来られたのかが検証されると、バルカイ氏は指摘する。同時に、現場の人々が低炭素状態に対する抵抗力をつけることができていたのかどうかについても考察が進むと述べた。

論文は先週、学術誌「タイム・アンド・マインド」に掲載された。

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フランス南部にあるショーべ洞窟の壁画。紀元前3万年ごろに描かれたとされる/Heritage Images/Hulton Fine Art Collection/Getty Images

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スペイン北部のコバシエジャ洞窟に描かれた野牛の絵/Image Professionals GmbH/Alamy Stock Photo

2021.04.10 Sat posted at 18:30 JST
https://www.cnn.co.jp/style/arts/35168801.html

引用元:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1618075080/

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