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カテゴリ: 歴史・考古学

1: 猪苗代新幹線 ★@\(^o^)/ 2016/10/20(木) 11:16:08.68 ID:CAP_USER
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ピルトダウン人とされた頭骨片と下あご骨(C)The Trustees of the Natural History Museum, London

サルからヒトへ進化した証拠の人類化石として約100年前に英国で発表され、約40年後に偽造の骨とわかった「ピルトダウン人事件」の真犯人を大英自然史博物館などが特定した。
同博物館の学芸員による捏造とされてきたが、「発見者」のアマチュア考古学者が犯人だったという。

ピルトダウン人とされた骨について国立科学博物館(東京)は19日、来年3月18日に始まる「大英自然史博物館展」で展示すると発表した。
国内初展示となる。

ピルトダウン人事件は、科学史上最悪の捏造と言われる。
英ピルトダウン地方で化石を発掘したとして、アマチュア考古学者のチャールズ・ドーソン氏が1912年、大英博物館自然史部門(現大英自然史博物館)へ持ち込み、類人猿と人類の間にいたピルトダウン人の頭やあごとされた。

だが、その後の分析で、頭はヒト、あごはオランウータンの骨と53年に判明。
ドーソン氏はすでに死亡しており、犯人は諸説出た。
探偵小説シャーロック・ホームズシリーズの作者で作家のコナン・ドイル氏も疑われた。
96年、大英自然史博物館の学芸員が犯人と発表された。

英国王立協会の論文誌に掲載された同博物館などの研究では、CT(コンピューター断層撮影装置)などで詳細に解析。
約8年間にわたり発掘された骨の加工方法が同様で、すべてに関与できたのはドーソン氏だけだったという。

篠田謙一・国立科学博物館人類研究部長は

「偽物とわかった後も捨てずに、真犯人を探した負の標本。門外不出だった貴重なものだ」

としている。

ソース元:朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASJBM23NWJBMULBJ001.html

引用元:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1476929768/

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1: もろ禿HINE! ★@\(^o^)/ 2016/10/17(月) 08:01:30.15 ID:CAP_USER
兵馬俑の職人、ギリシャ人芸術家が訓練か | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/101400388/
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中国北部の土の中から謎のやきものの像が最初に発見されてから、今年で40年あまりになる。考古学者たちは、これらの像が、中国最初の皇帝である秦の始皇帝(紀元前259年~紀元前210年)の陵墓の副葬品であることを明らかにしたが、土の中に隠されていた秘密はそれだけではない。発掘調査からは歴史書を書き換えるような大発見もあったし、外国人の芸術家が中国人の職人を訓練したとする大胆な新説も生まれた。

多くの王国に分かれていた中国を初めて統一し、氏族を基にした封建制に終止符を打った秦の始皇帝は、中国史の中でひときわ大きく輝いている。彼が建設した万里の長城は、その強大な権力の象徴だ。(参考記事:「世界最古の十進法の計算表、中国で発見」)

しかし、始皇帝の最も驚くべきプロジェクトが初めて明らかになったのは、1974年のことだった。秦朝の首都だった咸陽(かんよう)の近くで井戸を掘っていた農夫たちが、土の中から奇妙な像をいくつも掘り出したのである。
その後の発掘調査により、これらは皇帝の陵墓を永遠に守護するために周囲に埋められた兵馬俑の一部であることが明らかになった。俑とは、死者を守るために共に埋められる人形のことだ。発掘された3つの巨大な坑には、数千体の兵馬俑が整列していた。
兵馬俑の造形は、それまでに中国で発掘されていたどの俑とも違っていたため、研究者たちを大いに悩ませた。兵馬俑を製作した芸術家たちは、どうしてこんなアイディアを思いついたのだろうか?(参考記事:「色鮮やかな兵馬俑」)

謎を解くためのヒントになりそうな発見もあった。芸人をかたどった「雑技俑」や、青銅製のカモ、ハクチョウ、ツルの像には、ギリシャの影響が見てとれる。そして、中国北西部の遺跡から出土した人骨からはヨーロッパ人のDNAが確認されているのだ。

一部の専門家は、これらの事実を考え合わせ、兵馬俑は外国の芸術家からインスピレーションを得て作られたのではないかと唱える。
マルコ・ポーロより1500年も前に、ギリシャ文化の影響を受けた西アジアから中国にやってきた芸術家が、始皇帝陵の副葬品を製作する中国の職人たちを指導していたのかもしれないというのだ。(参考記事:「2500年前の墓から完全な大麻草13本を発見」)


見えてきた巨大陵墓

科学者たちは、リモートセンシング、地中レーダー、ボーリング調査などを用いて、始皇帝陵がこれまで考えられていたよりはるかに大きく、その広さは約100平方キロメートルと山手線の内側に匹敵することを明らかにした。中心部には始皇帝の墓を土で覆った巨大な墳丘があるが、まだ調査が行われたことはない。遺跡には、始皇帝以外にも多くの人々が埋葬されている。30年におよんだ陵墓の建設中に死亡した職人や労働者(中には鎖につながれた罪人もいた)の遺体を埋葬したらしい集団墓地や、凄惨な後継者争いの物語を伝えているように思われる集団墓地も発見されている。(参考記事:「21世紀中に解明されそうな古代ミステリー7つ」)

引用元:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1476658890/
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1: もろ禿HINE! ★@\(^o^)/ 2016/10/16(日) 21:16:28.98 ID:CAP_USER
キトラ天文図、謎の描き直し ミスか故意か見解分かれる (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161016-00000016-asahi-soci
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現存する世界最古の本格的な星図とされる奈良県明日香村のキトラ古墳(特別史跡、7世紀末~8世紀初め)の天文図。奈良文化財研究所(奈文研)の調査で、その描き方が明らかになりつつある。
星座の形や位置は、狭い石室の天井に原図をなぞりながら転写していた可能性の高いことが確認された。ところが、一部の星座には下書き線が描き直された痕跡もみつかった。
飛鳥時代の絵師は、なぜ下絵を描き直さなければならなかったのか。

天文図は石室内の天井石に塗られた漆喰(しっくい)の上に、中心を同じくした大きな三つの円と、北西にずれた円の計四つの円が描かれた。その円の中に350個以上の金箔(きんぱく)を貼り付け、その金箔を朱線でつなぎ、74個以上の星座を表現した。

奈文研は2014年から、天文図について詳細な調査を実施。若杉智宏研究員が、再現実験などを通じて描き方の復元を試みた。
(1)大きな四つの円をコンパスの原理で描く(2)和紙の裏に木炭やベンガラなどを塗った、カーボン紙のような「念紙(ねんし)」を使って、原図と一緒に漆喰の上からなぞりながら星座を下書きする(3)下書き線と原図を参考に金箔を貼る(4)金箔を結ぶ朱線を描き、星座を仕上げる。

飛鳥時代には和紙は貴重で、仏教の経典や法律などの重要文書を書き写す場合がほとんどだった。天文図を描いた際にも原図の裏に直接色料を塗って転写する方法のほか、原図の下に念紙を重ね、上からなぞった方法もあったとみられる。

一方、一部の星座では下書きが朱線より一回り小さく描かれたり、朱線とは異なる位置にあったりするなど、描き直したとみられる痕跡がみつかった。
絵師は原図をなぞって星座を転写したのに、あえて下書きを描き直したのはなぜか。

この謎について、若杉さんは天文図の描かれた作業環境に注目する。
天文図は高さ1・2メートル、幅1メートルの狭い石室の天井に描かれていた。
金箔の多くは直径約6ミリ、星と星を結ぶ朱線の長さは約4センチ~1ミリにすぎない。
「絵師は常に上を向いた状態で細かい作業を続けた。星座の大きさは5センチ以内と小さく、絵師がミスした可能性もあるのでは」

引用元:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/scienceplus/1476620188/
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